2016年2月21日日曜日

CPGについて考える(運動学・神経学的な考察)

 以前、ボバースコンセプト(Locomotion)のブログ中で中枢パターン発生器(Central pattern generator:CPG)についてのコメントを掲載した。今回は、もう少し詳しく掘り下げてみたいと思う。

 歩行を遂行するためには、①下肢の支持性ステップ動作バランス能力が必要である。 歩行におけるCPGは、①下肢の支持性と②ステップ動作の要素からなり、下肢の支持性とステップ動作の切り替えを中枢からの指令なしでも行えるように調整するものである。

CPGはなぜ必要か?
 
 歩行には上記図のようにさまざまな筋がそれぞれ必要なタイミングで活動しており、これらすべてを中枢による指令でコントロールすることは困難であり、効率的ではない。
 CPGのように脊髄レベルでの自律的な運動では、大脳皮質が関与することなく運動を遂行することが可能となる。つまり、CPGの機能的な役割は、高位中枢の負担を軽減し、ほかの情報処理(周囲に注意を払う・話しながら歩くなど)に大脳皮質を利用できるようにすることである。
 例えば、高齢者を対象とした実験では、話しながら歩くという2重課題が遂行困難な群遂行可能な群を比較したところ、遂行困難な群では話していない歩行中でも前頭葉の過活動を認め、歩行中の大脳皮質の関与が多かったという報告がある(2重課題が遂行困難な群は転倒率も高かった)。歩行は移動手段であって目的動作でないため、目的動作を遂行するためにCPGは重要な役割を担っている。
 
CPGのモデル
 CPGは上記のようなモデルで説明されることが多く、CPGの発現には①ゴルジ腱器官からの荷重情報と②関節運動に伴う筋紡錘からの情報が必要である。さらに、立脚から遊脚に切り替える際には股関節屈筋および足関節底屈筋への伸長刺激が重要となる。
 ここでゴルジ腱器官への感覚入力に対する反応についておさらいをする。感覚システムのブログでも記載したが、ゴルジ腱器官への感覚刺激は、立脚時と遊脚時では示す反応が異なる立脚期では刺激に対して同名筋を促通し、遊脚期では同名筋を抑制する反応を示す。
 
立脚期から遊脚期への切り替え
 立脚期から遊脚期への切り替えには股関節屈筋および足関節底屈筋への伸長刺激が重要であることを述べた。それでは、股関節屈筋および足関節底屈筋への伸長刺激がどのように関与しているのであろうか?
 ヒトが歩行中に足が地面に接地する立脚期前半に身体重心は減速し、後半に加速する。この加速期には股関節屈曲および足関節底屈トルクが強く作用する。この遊脚に必要なトルクの産生には、腱の弾性要素が強く関与しているとされている。
ヒトの遊脚動作に関する研究
 我々が行う動作は、その個体にとって最もエネルギー効率の良い方法を選択している。歩行に関しては、名古屋工科大学の佐野明人教授が示したものが有名であるが、動力を持っていない歩行ロボットによる「受動歩行」においてもヒトの正常歩行と同様の歩行様式をとっている。そのため、正常歩行は最も効率の良い方法といえる。
 また、遊脚動作に関する研究では、最適化計算によって求めた消費エネルギー最小軌道と正常歩行の遊脚軌道を比較したものがある。この研究では、最適化計算を①腱の弾性要素を考慮しない軌道腓腹筋の腱の弾性要素を考慮した軌道腸腰筋の腱の弾性要素を考慮した軌道の3つの条件で行い、最適性を検討している。その結果、弾性要素を考慮しない場合、足を十分に持ち上がることは困難であったと報告している。また、弾性要素を考慮すると足の持ち上がりは大きくなるが、正常歩行の遊脚軌道と最も類似していたのは腸腰筋の腱の弾性要素を考慮した軌道であったとしており、腱の作用による足の持ち上がりにより躓きを防いでいる可能性があると報告している。
(末永博康 他:腱の弾性要素を考慮した消費エネルギー最小規範に基づくヒトの遊脚運動の考察.電子通信学会 2009)
 さらに、腓腹筋の腱に関して、立脚相後半まで腓腹筋の筋線維は等尺性収縮に近い活動をしながら、腱組織を伸長し、腱組織の弾性エネルギー貯蓄を行っているとしており、立脚相の最後に伸びたバネが縮むように腱を短縮させ、大きなパワーを産生し、蹴りを行っているという報告もある。

 つまり、立脚期から遊脚期への切り替えの際は、腱を伸長することが重要であり、そのためには、立脚終期に股関節が伸展・足関節が背屈方向に誘導される必要がある。これは、上記で述べたCPGに必要な要素と一致する。
 
 しかし、これだけでは歩行動作は完成しない。
 歩行動作を完成させるためにはToe clearanceを確保するための足関節背屈と遊脚期から立脚期への切り替えるための遊脚終期の遊脚肢の減速が必要である。
 
遊脚肢のコントロール
 遊脚肢のコントロールには関節運動に伴う筋紡錘からの情報が必要である。しかし、足関節背屈に必要な前脛骨筋や遊脚終期の減速に必要な大殿筋は、立脚期中、相反抑制にて筋活動が抑制されているため、伸長刺激に対して即座に対応できる状態ではないことが考えられる。
 伸長刺激に即座に対応するために、レンショウ細胞による反回抑制が作用していると考えられる。レンショウ細胞は主動作筋の活動が高まると活性化され、主動作筋を抑制するとともにⅠa介在ニューロンにも作用し、拮抗筋への抑制(相反抑制)を抑制させる(脱抑制)。この作用により、前脛骨筋や大殿筋は活性化され、伸長刺激に即座に対応することが可能となると考えられる。
 

 
 
 
 
 以上、CPGのメカニズムについての考察を行った。CPGの発現には①強い支持性腱の伸長反回抑制が必要と思われる。遊脚が腱の弾性作用によって発現しているとするならば、強い支持性を獲得し、股関節伸展・足関節背屈位へのコントロールができれば、ステップ動作は行えると思われる。
 効率的な歩行の獲得には、強く・安定した立脚肢の獲得が必要と思われる。
 
書籍の紹介
脳卒中片麻痺患者に対する理学療法
 
 
 
 


2016年2月5日金曜日

ボバースの文献②:片麻痺患者の歩行に対する治療の即時効果について

前回に引き続き、ボバースに関する論文を紹介したいと思う。

今回紹介する論文は、ハンドリングによる歩行誘導の即時効果について示したものである。


片麻痺患者の歩行に対する治療の即時効果について(杖歩行および杖なし歩行との比較)

 ボバースセラピスト(以下NDT)は歩行能力再建に向けて、左右対称的な歩行や筋緊張の調整を図りながら、効率的な歩行パターンの再獲得を目的に介入を行っている。この研究は、歩行ハンドリングにおける治療効果について明らかにすることを目的としている。

対象と方法
 対象は、発症平均2.2ヶ月(1.3ヶ月~3.8ヶ月)の慢性期脳卒中片麻痺患者22名である。すべての対象は自力歩行が可能であるが、下肢伸展方向への姿勢筋緊張の高まりや、遊脚時に骨盤を持ち上げるなどの特徴を認めた。
 測定は、3つの条件をランダムに行った。条件は①杖なしでの歩行②杖歩行③セラピストによるハンドリングでの歩行である。ハンドリングを行うセラピストは、NDTであり、脳卒中片麻痺の治療に数年関わっている者であった。歩行ハンドリングでは、患者がより効率的に歩けるように、骨盤より誘導を行いながら以下の点を意識しながら実施した。

・麻痺側立脚期においては①麻痺側への重心移動②麻痺側股関節の伸展③麻痺側膝関節の過伸展の予防を、麻痺側遊脚期においては、体幹を抗重力伸展位に保つこと意識した。

 測定項目は、歩行速度とストライド長、ケイデンス、立脚時間、左右対称性、股関節屈伸角度、歩行中の下肢筋電図(前脛骨筋・下腿三頭筋・大腿二頭筋・外側広筋・中殿筋)とした。
 また、治療後の長期的な効果を検出するために、5名を対象に治療1時間後の杖なし歩行の評価を行った。
 
結果
 杖なし歩行と杖歩行の比較では、すべての項目において有意な差を認めなかった。セラピストによるハンドリング中の歩行は、歩行速度の改善とストライド長の延長、麻痺側の単脚支持期の延長、非麻痺側の立脚期の減少、左右対称性の改善、股関節伸展角度の増大、荷重時の下腿三頭筋・外側広筋・大腿二頭筋・中殿筋の筋活動向上を認めた。
 治療介入1時間後の評価では、すべての項目において有意な差を認めなかった。

まとめ
 セラピストによるハンドリングでの歩行の間、立脚期の様々な筋活動の向上と共に、バランスのとれた歩行パターンが確認できた。麻痺側下肢の立脚時間延長と股関節伸展角度の増大、左右対称性の改善、歩行速度の向上に対して、治療介入の即時的な効果があることが示された。

参考文献
 Hesse S, Jahnke MT, Schaffrin A, Lucke D, Reiter F, Konrad M:Immediate effects of therapeutic facilitation on the gait of hemiparetic patients as compared with walking with and without a cane. Electroencephalogr Clin Neurophysiol. 1998 Dec;109(6):515-22.


以上、ハンドリングによる歩行誘導の即時効果についての論文を紹介した。

今回紹介した文献は古い文献ではあるが、ハンドリングによる歩容の変化を示したものであった。
歩行を遂行するためには、下肢の支持性とステップ動作、バランス能力が必要である。介助下での歩行は、バランスの自主学習が困難であると言う理由で、否定的にとらえられるとこもある。
一方、近年、下肢の支持性やバランスの側面を排除した免荷式のトレッドミルやロボットを利用したアプローチが報告されている。これらは、ステップ動作を練習することにより、CPGの賦活やタイミングのよい選択的な筋活動を学習することを目的としており、効果も示されている。
ハンドリングでの歩行練習は、ステップ動作の練習として利用でき、CPGの賦活やタイミングのよい選択的な筋活動の学習を促す事ができる可能性があると考える。

本日はここまで。

続きはまた次回。。。

書籍の紹介
脳卒中片麻痺患者に対する理学療法